母の知恵

むかし、家を探していた時、母に相談した。
「地盤のしっかりしたところでないと。海のそば、川のそばはダメ」
一度造成地を見学に行った時、母も一緒についてきてくれた。
駅のそばでそこそこ便利そうだったので私は心ひかれたが、
「このあたりは、坂の下にあるし、土地が低い。雨でこんなにぬかるんでしまう地盤は危ない。このあたりは昔は田んぼだったと思う」
家をリフォームする時は、デザイン・機能性もさることながら、耐震強化を第一に置いた。



私はビビンパが好きだった。
石焼ビビンパなどで、混ぜているうちに火が通るのだが、母はそれでも、
「生肉を食べるなんて危ない、気持ち悪い」
と、嫌な顔をしていた。
おかげで、生のまま牛肉を食べたのは、生涯一度だけ、ホテルのレストランでのことだ。
ぺらぺらの紙みたいな牛肉スライスを数枚。
値段の割に信じられないほど少ない量だったが、口の中ですぅっと溶けて、それはそれは極上の味だった。
新鮮な生肉を用意し、さらに、表面をかなりそぎとったために、あの薄さだったのかもしれない。



液状化での住宅被害や、生肉による食中毒死。
どちらも大変ショッキングだった。



時代は変わり、常識も変わる。
便利な情報もたくさん出回っている。
でも、親の世代の知恵は、なかなか捨てたもんじゃない、と、最近ニュースを見ながら、つくづく思っている。