防犯VS防災

テスト投稿


「どうもこの手の自動化住宅には懐疑的でねえ」
 客はパンフレットを見ながら頭をかいた。
「ほら、十年前に伊豆で震災があったでしょう。あのとき僕は両親と防犯ハウスに住んでいて、あやうく命を落とすところだったんですよ。防犯ガラスは頑丈すぎて割れないし、シャッターは三箇所も鍵がかかってる。玄関のドアはオートロックで、電気が切れたら開かなくなっちゃってね。幸い、隣の家の屋根が崩れてきて、どうにか窓が割れたんだけど、あれがなかったらどうなってたことか……」
「ご心配はもっともですが、最近はその辺りの改良も進んでおりまして」
 僕はパンフレットのページをすばやくめくってみせた。
「こちらの挿絵をごらんください。『オートハウスあんしんシリーズ』は、すべて地震予知警報センターと直結し、地震の前に警告音声が流れるようになっています」
「ふうん。避難の準備ができるってわけか」
「でも、警報を聞いたってすぐ逃げられるとは限らないんじゃない」
 隣に座っていた奥さんが口をはさんだ。
「ええ、まさに仰る通りです。そのため、こちら、機能上位版の『オートハウスあんしんスーパー』では、警報を受けて三秒以内にガス・電気を全て自動的に止め、コンピュータをシャットダウンするようになっています。同時にシャッターとドアを開けて避難路を確保するのです」
 僕は熱弁をふるった。
 なんせオートハウスあんしんシリーズは今年のわが社の主力商品。今年度中にあと一軒は売り上げないと、ボーナスはおろか来年度からの月給までカットされかねない。
 防犯ロボットとの連携機能や、食品通販組合と連携したオートメーションキッチン、と紹介していくと、奥さんはだんだん身を乗り出してきた。
 旦那さんの方も風呂やTVのパーソナライゼーションシステムなどに次第に興味を持ち始めたようだった。
「ふうん……すぐには決められないけど、少し考えてみるよ」
「かしこまりました。よろしければデモもご覧いただけますので、ぜひまたご来店ください」
 パンフレットを手にして去っていく夫婦へ、僕は深々と頭をさげた。



 たび重なる訪問と、一週間の無料『体験入居』サービスが効を奏したらしい。
 僕はどうにか年度内に誓約書をもらうことができた。
 来年頭には契約もとれそうだ。
 これでどうにか来年も妻子を養っていける。
 僕はほっと胸をなでおろした。

 苦情の電話がかかってきたのはその半年後。
 おまえのお陰で全財産失った、弁償しろ、と凄い剣幕である。
 僕のお客だけではなく、ほかの担当営業にも次々と電話が入りはじめた。
 みな口をそろえて、泥棒に入られた、防犯システムも警報システムも作動しなかった、という。
 原因を究明するため、大至急メーカーの技術者を派遣して調査させた。
 まもなく、技術者はがっくりと肩を落として帰ってきた。
 僕ら営業マンは回りを取り囲んだ。
「原因が分かりましたか?」
「はい。犯人はハッカーと手を組んでいたようです」
「というと、防犯システムの作動を止めて……」
「いいえ。偽の地震予報を流したんです」
 技術者は深々とため息をついた。
地震予報を受け、電源が落ちて、ドアのロックが解除されたところで、白昼堂々、表玄関から入って盗みを働いたわけですね」
 僕達は顔を見合わせた。
 防犯をとるか、防災をとるか。本当の安心を提供するには、まだまだ先が長いようである。